IDESコラム vol. 30「日本がリードするHTLV-1感染症」
感染症エクスプレス@厚労省 2018年11月30日
IDES養成プログラム3期生:西島 健
去る11月10日は、世界HTLVデーでした。
みなさん、ご存知でしたか?今年初めて学会が制定したものですので、知らなかった方も多いと思います。この世界HTLVデーを契機に、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染症がさらに広く知られることを願っています。
このHTLV-1というウイルスですが、ウイルスを含んだ体液によって、例えば、母乳による母子感染、性交渉による水平感染、輸血や臓器移植などで感染します。感染しても大多数の人は病気になることがありませんが、生涯で感染した人の約5%が成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)、約0.3%がHTLV-1関連脊髄症(HAM)を発症するといわれています。
日本はHTLV-1感染者が多いことで知られ、約100万人の方が感染していると推定されています。最近オーストラリアのアボリジニーの間でHTLV-1の感染率が高いことが広く報道され、今年5月には、科学者の団体が、世界保健機関(WHO)に向けて対策をとることを求める公開書簡を発表しました。世界的に、HTLV-1対策を強化しよう、という機運が高まっています。
残念ながらあまり知られていませんが、このHTLV-1については、我が国は常に世界のトップを走ってきた、といっても過言ではないと思います。
まず研究分野については、成人T細胞白血病の発見、母乳を介したHTLV-1感染の仕組みの解明、HTLV-1関連脊髄症の発見と治療法の開発など、日本発の業績は枚挙にいとまがありません。
また、HTLV-1対策についても、日本は輸血のスクリーニング、母子感染対策という二つの主要な感染対策を世界で初めて導入した国です。
日本のHTLV-1対策は平成22年のHTLV-1タスクフォース立ち上げと、HTLV-1総合対策のとりまとめにより、さらに加速しました。平成22年には全国の妊婦検診にHTLV-1スクリーニングが導入され、成人T細胞白血病やHTLV-1関連脊髄症の診療マニュアルも整備されました。また、HTLV-1関連疾患分野に毎年約10億円の研究費が分配されるようになりました。
母子感染予防ガイドラインが平成28年に改定され、HTLV-1に感染した妊婦には原則として人工乳の使用が推奨され、スクリーニング検査と確認検査によっても診断がつかない妊婦には核酸増幅検査が保険適応で使用できるようになりました。平成30年には、日本HTLV-1学会登録医療機関の認定が始まり、またアニメ「はたらく細胞」とコラボレーションした啓発やオリジナルマンガを使った啓発を行っています。
現在も母乳を介した母子感染への対策をとっている国はほとんどないことなどを考えると、我が国の対策はまさに最先端を走っていると言えるでしょう。
HTLV-1対策への国際的機運が高まっている今は、日本が経験してきたこと、そして築いてきたことを他の国と分かち合う、よい機会なのかもしれません。
もちろん、課題も多く残されています。多くの成人T細胞白血病の予後は残念ながら現在もよくありませんし、HTLV-1関連脊髄症を完全に治すことも難しいのが現状です。HTLV-1に感染した方の中で、どのような方がこれらの病気を発症するのかも、まだわからない点が多くあります。
また近年、我が国においては、おそらくは母子感染する人の数よりも、性感染症としてHTLV-1に感染する人の数がはるかに多いであろうことが注目されており、性感染症としてのHTLV-1をどのように啓発し、予防していくのかは大きな課題になっています。
私が日本のHTLV-1対策は最先端を走っていること、しかしながら残念なことに日本の対策は他の国にはあまり知られていないことを改めて実感したのは、このIDESプログラムで世界保健機関西太平洋事務局のHIV・肝炎・性感染症課に派遣され、HTLV-1の担当になってからです。日本にいるときはこれも足りない、あれもやらなければ、と感じていましたし、そのような面ももちろんあるのですが、外に出てみると、また違った角度で物事が見えるというのは新鮮でした。
来年は、世界HTLVデー(11月10日)がより広く知られていることを願って。
<HTLV-1>
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou29/
●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で3年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
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